文化財担当者の異動で何が失われるのか― 引継ぎで見えなくなる保管管理の現実―

文化財担当者の異動で何が失われるのか― 引継ぎで見えなくなる保管管理の現実―

文化財担当になって最初にやったことは、前任者に連絡を取ることであった。

台帳はある。箱もある。けれども、どの箱に何が入っているのかが分からない。なぜその分類になっているのかも分からない。現物を確認しようとしても、保管場所の記録が曖昧で、探すだけで時間が過ぎていく。

このような状況は、決して珍しいものではない。

文化財担当者の異動があるたびに、似たような混乱が繰り返される自治体は少なくない。

文化財は、調査が終わったらそれで役目を終えるものではない。むしろ、調査後にどのように整理し、記録し、保管し、必要なときに取り出せるようにしておくかが、その後の行政実務を大きく左右する。ところが実際には、その管理が担当者個人の知識や経験に支えられていることが多く、異動のたびに記録の意味や保管の経緯が見えにくくなる。

本稿では、文化財担当者の異動によって実際に何が失われるのか、なぜそのようなことが起きるのか、そして今後どのような保管管理が求められるのかを考えたい。

なぜ文化財の保管管理は引継ぎが難しくなりやすいのか

文化財の保管管理が難しいのは、担当者の努力が足りないからではない。そもそも、引継ぎが難しくなりやすい構造を持っているからである。

出土品は、発掘調査が終わったあとも長期間にわたって保管される。数年で担当が変わる行政の人事サイクルと、資料が保管される時間の長さは、もともと噛み合いにくい。担当者は変わるのに、資料は残り続ける。この時間差が、引継ぎを難しくしている。

しかも、文化財の管理には一定の専門性が必要である。遺物の種別や整理状況をどう見るか、どの単位で記録するか、どこまでを台帳に残すべきかといった判断は、単なる事務引継ぎでは済まない。現場で積み上がった経験がものをいう場面が多い。そのため、どうしても特定の担当者の頭の中に情報が集まりやすい。

さらに問題を複雑にしているのが、情報の分散である。紙台帳は紙台帳、ExcelはExcel、写真は写真、現物は現物というように、それぞれが別々に管理されていることが多い。記録はあるのに、つながっていない。だから、引き継いだ側は「何もない」のではなく、「あるけれど使えない」という状態に置かれることになる。

文化庁の「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」(2020年)でも、整理・保管体制の整備や記録管理の重要性が示されている。つまり、この問題は個別の自治体だけの話ではなく、埋蔵文化財行政全体に共通する課題として認識されているのである。

異動で失われるのは、資料そのものではなく、資料を理解するための文脈である

担当者が変わったからといって、箱が消えるわけではない。遺物が突然なくなるわけでもない。

それでも引継ぎのあとに現場が混乱するのは、失われているものが別にあるからである。

失われやすいのは、資料そのものではなく、その資料をどう理解すればよいのかという文脈である。

たとえば、どの箱に何が入っているのか。どの遺跡のどの調査で出たものか。整理済みなのか、まだ暫定的な状態なのか。なぜこの箱分けになっているのか。どこまで確認が済んでいるのか。こうしたことは、一部は台帳に書かれていても、実際には担当者の記憶や判断の積み重ねとして保持されていることが多い。

そのため、異動が起きると、記録だけは残っていても、その意味が読み取れなくなる。

前任者に聞ければまだよいが、異動先で忙しい、退職している、あるいは時間がたって記憶が薄れているということもある。そうなると、後任者は記録をたどるだけでは足りず、現物確認や過去資料の照合を一からやり直すことになる。

ここで失われているのは、単なる情報ではない。判断の履歴であり、作業の背景であり、「なぜこうなっているのか」を説明する筋道である。

これが抜けると、組織として知識が蓄積しない。担当者が変わるたびに、同じ確認作業と同じ迷いが繰り返されることになる。

引継ぎ資料があっても、実務では役に立たないことがある

「台帳があるならいいのではないか」と思われるかもしれない。

しかし現場では、台帳があることと、台帳が使えることは別の問題である。

よくあるのは、台帳そのものは存在しているが、現況を正確に反映していないケースである。資料の移動や整理の進捗が更新されていなければ、記録としては残っていても、実務では頼りにならない。むしろ、古い情報が残っていることで、確認作業が余計に複雑になることさえある。

また、紙台帳や単純なExcelでは、必要な情報にたどり着きにくい。箱単位で探したいのか、遺跡名で探したいのか、年度で絞りたいのか、そのたびに見方が変わる。しかし、管理の形式が固定的だと、検索そのものがしづらい。結局、現場に行って箱を見るしかない、という状況になりやすい。

写真との関係も大きい。

文字情報だけでは分からないことは多い。箱の状態、ラベルの貼り方、遺物のまとまり、収納状況など、視覚的な情報があって初めて判断しやすくなる場面は少なくない。ところが、写真が別フォルダにあり、しかも台帳と紐づいていない場合、探す手間が増えるだけでなく、確認の精度も落ちる。

このように、記録が存在していても、所在・分類・写真・経緯がつながっていなければ、引継ぎ資料としては十分に機能しない。

「あるが使えない」状態こそが、現場にとって最も厄介なのである。

引継ぎ不全は、日常業務の質そのものを落としていく

引継ぎがうまくいかないと困るのは、担当者個人だけではない。

影響は日常業務のさまざまな場面に及ぶ。

たとえば、研究者や市民からの問い合わせがあったとき、資料の所在や内容をすぐに確認できなければ、回答に時間がかかる。展示や貸出の相談があっても、状態や所在が分からなければ、対応を見送らざるを得ないことがある。資料があるのに使えない、という事態である。

保管スペースの問題も深刻である。何がどこにあるかが見えにくいまま資料が増えていくと、同じような箱が重複して保管されたり、配置が非効率になったりする。結果として、収蔵庫不足はさらに見えにくく、さらに深刻になる。

文化庁の「出土品の取扱いについて(報告)〈概要版〉」(平成9年)では、地方公共団体に保管されている出土品は約459万箱に上り、毎年約30万箱ずつ増加しているとされている。また、未整理の出土品は約4割に達し、登録・検索のシステム化も市町村では10%にとどまるとされる。つまり、出土品は増え続けているのに、それを支える管理基盤は十分に整っていないのである。

この状況で記録の引継ぎが不十分であれば、現場の負担が増すのは当然である。

しかも問題は、負担が増すだけではない。整理や選別の判断に必要な前提情報が抜け落ちれば、判断の妥当性そのものが揺らぐ。所在不明や誤認、さらには将来的な誤廃棄のリスクも、こうした見えにくい管理不全の延長線上にある。

必要なのは、所在・分類・経緯を箱単位でつなげて記録することである

では、どうすればよいのか。

答えは単純なようでいて、実は地道である。担当者の記憶に頼るのではなく、所在・分類・経緯を箱単位でつなげて記録することである。

重要なのは、情報を細かく増やすことより、あとから追える形に整えることである。

どの箱がどこにあるのか。何が入っているのか。どの遺跡や調査に対応しているのか。整理済みか未整理か。どういう判断でその形にしているのか。こうした情報が、別々ではなく、ひとまとまりで見える状態になっていれば、担当者が変わっても管理の連続性は保ちやすくなる。

ここで鍵になるのが「箱単位」という考え方である。

もちろん理想をいえば、資料一点一点が詳細に把握されていることが望ましい。しかし、現実の保管管理では、まず箱ごとの所在と概要が分かることの価値が大きい。箱単位で把握できれば、どこから確認すべきかが見え、全体像を失わずに済む。細部の精度を上げる前に、まず所在と概要を確実に押さえる。その順番が重要である。

加えて、写真との紐づけも欠かせない。文字だけでは見えない状態を補い、後任者が現場を理解する助けになるからである。

要するに必要なのは、豪華なシステムよりも、「見つかる」「分かる」「追える」記録の形である。

ただし、それを現場だけで立て直すのは簡単ではない

もっとも、ここまで述べたことは、言うほど簡単ではない。

現場の担当者なら、むしろその難しさをよく知っているはずである。

いまある台帳を見直し、箱と照合し、写真を整理し、記録の項目をそろえる。これだけでも相当な手間がかかる。しかも、その作業は通常業務の合間に行わなければならない。発掘対応、照会、資料活用、庶務などを抱えながら、保管管理の仕組みそのものを組み直すのは現実には厳しい。

さらに難しいのは、記録を作ることより、運用を続けることである。

誰が、いつ、どのタイミングで更新するのか。そのルールが決まっていなければ、せっかく整えた記録も、いずれまた止まる。止まれば、数年後には再び「前任者しか分からない」状態に戻ってしまう。

だからこそ、保管管理の見直しは、単なる台帳作成では終わらない。

資料の整理、所在の確認、写真の整備、記録項目の設計、そして更新の運用まで含めて考える必要がある。ここには、時間も人手も、ある程度まとまった視点も必要になる。

アーケストレージでは、箱単位での所在管理・台帳整備・写真との紐づけなど、引継ぎに強い管理体制の構築支援を行っている。すべてを一度に変えるのではなく、いま何が足りていないのか、どこから整えるべきかを見極めることが大切である。まずは現状の保管体制についての相談から受け付けているので、お気軽にお問い合わせいただきたい。

引継ぎに頼らない保管管理へ

文化財の保管管理は、担当者が熱心であれば解決するという種類の問題ではない。

資料が長く残る一方で、人は異動する。その前提に立てば、記録を人に結びつけるのではなく、仕組みに結びつける必要があることは明らかである。

異動のたびに困る状態を当たり前にしないこと。

前任者に聞かなければ分からない管理から、記録を見れば次に進める管理へ移ること。

その積み重ねが、文化財を守るだけでなく、活用し、将来へ引き継ぐための土台になる。

保管とは、ただ置いておくことではない。

誰が担当しても、必要なときに、必要な資料へたどり着ける状態を保つことである。そこまで含めてはじめて、文化財は「保管されている」と言えるのではないだろうか。

異動のたびに困る状態を前提とするのではなく、記録を見れば次に進める状態を当たり前にすること。
引継ぎに頼らなくても業務が継続できる管理体制こそが、これからの文化財保管に求められている。

参考資料

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