文化財DXはなぜ進まないのか。AIより先に必要な「保管」と「台帳整備」の話

文化財DXはなぜ進まないのか。AIより先に必要な「保管」と「台帳整備」の話

文化財DXが語られる一方で、現場の負担は減っていない

「デジタルアーカイブ」「AIによる報告書解析」「3Dスキャンによる資料記録」——文化財のデジタル活用をめぐる議論は、近年急速に広がっている。文化庁も博物館のDX推進を政策課題として位置づけ、令和8年3月には「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」を全部改正し、博物館資料の将来世代への継承と適切な管理体制の整備を、より明確に求める内容へと改めた(令和8年文部科学省告示第69号)。

政策の方向性は間違っていない。ただ、自治体の文化財担当者に話を聞くと、浮かぶ景色は少し違う。

収蔵庫の棚はすでに埋まっている。台帳は担当者ごとに様式が異なり、前任者の記録を読み解くだけで数日かかることがある。出土品は毎年増えるが、整理が追いつかない。DXどころか、「今ある資料がどこにあるか」の把握さえままならない現場が、全国に存在する。

これはデジタル化の問題ではなく、管理の問題だ。

出土品880万箱、その高さを積み上げれば東京から鹿児島を超える

数字で現状を確認したい。

文化庁によれば、周知の埋蔵文化財包蔵地は全国に約46万カ所あり、毎年約9千件の発掘調査が実施されている(文化庁「埋蔵文化財」)。1件の発掘調査で数十箱、規模によっては数百箱の出土品が生じる。これが毎年度積み上がっていく。

令和6年度の文化庁資料によれば、地方公共団体が保管する出土品は60cm×40cm×15cmのプラスチックコンテナ換算で880万箱を超えており、国が一括譲与を行った平成11年度の約610万箱から270万箱以上増加している(文化庁・令和6年度埋蔵文化財担当職員等講習会資料)。

880万箱という数字は、感覚としてつかみにくい。このコンテナを高さ方向に積み上げると、約1,320kmになる。これは東京から鹿児島までの移動距離にも匹敵する長さである。

文化庁の「出土品の取扱いについて(報告)概要版」では、保管されている出土品のうち未整理が約4割を占め、暫定的な施設での保管が半数強、屋外野積みが約15万箱あると指摘されている。

「4割が未整理」とは、4割の出土品について「何がどこにあるか」を把握するのに相当な手間がかかる、あるいはそもそも把握できていない状態を意味する。このままAIや検索システムを導入しても、検索対象のデータが存在しない。

AIは魔法ではない。「読めるデータ」がなければ動かない発掘調査報告書についても同じ構造がある。

奈良文化財研究所が運用する「全国文化財総覧」(旧称:全国遺跡報告総覧)には、同総覧の説明資料等によれば令和7年4月1日時点で13万3,648件の書誌が登録されており、このうちPDFが実際に閲覧できる状態にあるのは4万2,954件にとどまる(全国文化財総覧 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja)。

登録件数の約3分の2は、書誌情報のみで本文が電子化されていない。全文検索もできなければ、AIによる情報抽出もできない。紙の報告書は各自治体・教育委員会・図書館等に分散して存在しているが、その保管状態や所在を横断的に管理する仕組みはほとんど整っていない。

「報告書が膨大で人間には読みきれない。だからAIに読ませよう」という発想は理解できる。ただ、AIが処理できるのは電子化・構造化されたデータだけだ。紙の報告書をOCRにかけても、台帳の様式が統一されていなければ、AIが整理しようにも整理できない。OCR処理前の「構造化されていない紙資料の山」は、AIにとっても人間にとっても同様に扱いにくい。

AIの能力の問題ではなく、前提となるデータの質の問題である。

文化財DXは「データ化」ではなく「管理の継承」である

文化財が失われるとき、その多くは「壊れたから」ではない。

「どこに保管されているか分からなくなった」「台帳の記載と現物が一致しない」「担当者が異動し、引き継ぎが不十分だった」——管理の断絶によって、資料は実質的に消えていく。物理的には存在するのに、活用できない状態になる。

本当に失われやすいのは出土品そのものではなく、「この箱は何か」「どこにあるか」「誰が把握しているか」という情報だ。

多くの自治体では、文化財担当は少人数で広範な業務を担い、人事異動のサイクルも短い。専門的な知識を持つ職員が着任して体制を整え始めたころに異動となり、後任者が再び一から状況を把握する——この繰り返しが管理の断絶を生む。台帳が「担当者個人の記憶の補助ツール」になっている現場では、担当者が変わると同時に、台帳の読み方も変わる。

デジタル化の本質は、データを増やすことではない。「誰が担当になっても管理が継続できる状態」をつくることだ。台帳の様式統一、出土品の所在管理、写真記録との紐付け、引き継ぎ可能な記録形式——こうした地道な整備がなければ、どれほど優れたシステムを導入しても、組み込むデータが整っていない。

令和8年改正が示す方向性「管理の整備」なしに活用なし

令和8年3月31日に公布・施行された「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」の改正(令和8年文部科学省告示第69号)は、この文脈で重要な意味を持つ。

改正では、目的規定に「博物館資料が後代の国民に継承することが将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し」という文言が追加され、資料の収集・管理の方針を定め、目録を作成し、適切に管理・活用する体制を整備することが、より明確に求められるようになった。

加えて、博物館資料の廃棄を検討する場合には、(1)収集・管理方針の確認、(2)多様な関係者の意見聴取による手続の透明性確保、(3)他の手段(交換・譲渡・返却等)を検討した上でなおやむを得ない場合に慎重に行うという3段階の手続きが規定された。

この改正が示しているのは、文化財の「活用」や「公開」を議論する前提として、「目録の整備」「管理体制の構築」「適切な保管」が不可欠であるという認識が、国の基準レベルで明示されたということだ。自治体の文化財担当者にとっては、管理整備を後回しにし続けることへの行政的なプレッシャーが高まっていると見ることができる。

文化財保護の責任は自治体にある。しかし、その手段を保証する制度はない

ここで一歩踏み込んだ話をしたい。

文化財保護法は自治体に文化財の保存を求めている。しかし、保管スペースそのものを保証してくれる制度は存在しない。保存責任は自治体にある。保管場所の確保、人員配置、DX予算の確保は、各自治体の努力に委ねられている。

収蔵施設の新設・増築には土地と予算が必要で、財政制約が大きい自治体ほど後回しになる。専門職員の採用・育成も容易ではなく、人事異動の多い行政組織では蓄積した知見が組織に定着しにくい。デジタル化についても、業者に委託してPDF化したとしても、台帳との紐付けや保管場所との照合という「人手が必要な工程」は残る。

文化庁の令和6年度講習会資料でも指摘されているように、出土品の保管問題は平成9年の通知発出時よりも深刻化している。構造的な課題が積み上がっているのに、解決の手段は各自治体の単独努力に依存したままだ。

こうした状況を受け、文化財の整理・電子台帳化・保管体制の見直しを含め、外部との連携による保管体制の構築を検討する自治体も少しずつ現れ始めている。

文化財DXは、保管・整理・台帳整備から始まる

AIも、デジタルアーカイブも、それ自体は有効なツールだ。ただし機能するには前提がある。「何がどこに、どのような状態で存在するのか」を把握できる環境——台帳の整備、出土品の所在管理、記録の引き継ぎ可能な形式化——これなくして、デジタル技術は宙に浮く。

アーケストレージ株式会社は、埋蔵文化財を中心とした文化財の整理・保管・記録管理支援を専門とする民間企業として、「DXの前提となる部分」に取り組んでいる。

具体的には、出土品のコンテナ単位での所在管理、台帳と現物の照合、電子台帳の整備支援、写真記録の整理、担当者が変わっても引き継げる管理体制の構築支援だ。「AIを入れれば解決する」という話ではなく、「AIが活用できる状態をつくるための整備」を、現場の実情に応じて行っている。

文化財DXの議論が進むほど、その土台となる管理の重要性は増す。どれほど高度な技術があっても、データが存在しなければ何も始まらない。

文化財の保管・台帳整備でお困りの自治体・文化財担当者の方へ

収蔵庫の整理が追いつかない、台帳と現物が一致していない、担当者が変わるたびに管理が乱れる——こうした課題をお持ちの場合は、現状整理の段階からご相談いただけます。

アーケストレージ株式会社では、出土品保管、台帳整備、電子化支援、所在管理など、現場の状況に応じたご提案を行っています。

▶ 文化財保管・台帳整備について相談する https://archestorage.com/contact/

参考資料

文化庁「埋蔵文化財
文化庁 令和6年度埋蔵文化財担当職員等講習会資料
文化庁「出土品の取扱いについて(報告)概要版
奈良文化財研究所「全国文化財総覧
文化庁 博物館の設置及び運営上の望ましい基準 令和8年改正

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